2017/04/18

おじさまに別れを告げ、ハノイからはひとり。バンコクの友達に連絡すると、ソンクラン明けで今週は忙しいらしい。おおっと。

一方、私のドジを心配した友人が日本から現地の人に支援を頼んでくれたとの報せ。ああ、申し訳ない。とりあえず現地の人に会いに行くことにする。

さて、あとは何をしようかしら。予定は一切ない。

飛行機では窓際が好き。田んぼが青々としている。いつか空から見た熊本の景色に似ている。

いわし雲のような雲を下に見下ろす。雲の裏側を見るのは不思議な感じ。バックステージに立っているような気分になる。雲の上の空は青くてまぶしい。きらきらしている。雲の下にいる人たちはこの景色を見ることがない。

窓際の席の欠点は、通路に遠いことだ。隣に座ったおばさんに配膳を下げてもらう。タイ人だろうか、英語は話せないようだったが、「Thank you」と言うとニコニコとして両手を包んで握手してくれた。感謝しているのはこっちなのに、私よりもうれしそうにしている。素敵。

無事にタイに着いた。ひとまず、友人が声をかけてくれた現地の人に無心しに行く。電車を乗り継ぐ。外は夏の日差しだが、思ったほど暑くない気がする。湿度の違いなのだろうか。色の濃いコンクリートの上をたくさんのバイクとカラフルなタクシーが走っていく。

今、タイに来ている。久しぶりにひとりぼっちを体感している。

2017/04/17

久しぶりの一人旅。年初めに財布を失くして以来、カード類を財布と別管理にしていたせいで、まんまと全部忘れる。キャッシュカードもクレジットカードもない。取りに帰る時間もない。

頼みは財布の中身だけ。昨日多めにお金を下ろしててよかった。そしてさっきラーメン食べるんじゃなかった。早くも波乱の予感。

羽田発、ハノイ乗り換えバンコク行き。ハノイに向かう飛行機で期せずして隣のおじさんと酒盛り。

定年まで日本の大手製造会社に従事していたけれど、老親介護のために奥様の故郷であるラオスへ移住したというおじさん。私が飲めると分かるや否や上機嫌になる。

手相を見るだのマッサージをするだの理由をつけて触ってくるけれどかわいいものだったので黙っておく。ブログで晒すだけにしておいてやろう。

旅慣れているらしく、ハノイの空港でミールチケットをくれと係員に粘る。恥ずかしいなーと思いながらもタダ飯の恩恵に預かり満足。

「30年日本でがんばってくれたからね」奥様のために還暦過ぎて海外移住とはなんて優しいのだろう。思い合う家族っていいなあ。

2017/04/09

会社の同期と、元同僚と、一泊二日の国内旅行。同期の3人組は10年間一緒に過ごしたけれど、この春ついにばらばらになる。元同僚は結婚するそうだ。

仲が悪いわけでもないけれど、4人でベタベタするでもなく、それぞれ好き勝手な方向を見て楽しんでいる。

もうこんな旅行もないのだろうな、と何となく思う。実感はないけれど。実感どころか感傷もない。ばらばらに歩くんだと思う。

それでもたまに思い出すのかもしれない。宝塚メイクごっこをして遊んだ夜を。春雨に濡れた満開の桜を。まだ先の話。

今は帰りの飛行機の中でGLAYを聴いている。

2017/03/29

思いつきで、日記の形式を変えてみた。日記は日記らしく、あった事実や思ったことをなるべく脚色少なく書き残すのが良いのではないかと考えたため。

更新していかなくてはいけない。更新するというのは同じような塗り重ねで装いだけを変えることではなくて、今の自分が正しい・面白いと思うことを全面的に肯定し、これまでの積み重ねにとらわれず一番上に乗せること。

違うな、と思ったら戻せばいいや。

お昼。たぶん最後の相駒。相駒は会社近くのお弁当屋さんで、魚系の食材が多いからよく来た。渋谷のごはん屋さんにはまた来るかもしれないけど、オフィス街のお弁当屋さんにはたぶんもう来ない。

辛塩鮭は今日も辛かった。おばちゃんがお釣りを間違えたけど黙って帰ってきた。ちょっと悪いやつになったな、と思う。

ちなみに、相駒が入ってるビルの名前はアイコマースビル。それらしい名前にしているけれど、どっちかは薄っぺらい語源なんだろうな、と想像がつく。弁当屋が先か、ビルが先か、いつも気になっていたけれどたぶんお蔵入り。

今日は財布を忘れた。昨日帰るなり倒れ込んでそのまま寝ちゃったせいだな。だから部屋が散らかる。駅まであと1ブロックというところで思い出したから、もう諦めた。幸いにもかばんには先日のギャラが入っていた。それを握り締めて、私が店を段取った私の送別会の会計をする。何だそりゃ。

こういう、なし崩しのギャラの使い方はよくない。しょうがない、全部しょうがないけど。

2017/03/24

興味本位で知らない人の闘病日記なんて読むもんじゃなかった。その人が亡くなった今、そこまでではないショックを受けている。

そこまでではない、というのは、名前も知らない人の死よりはずっとショックだけど、言葉を交わした仲間内の死よりはショックじゃない、という感じ。ショックなんだけど、「何に対してショックなんだっけ」という行き場のなさが私を空回りさせる。

そうか、うちのお父さんの誕生日に亡くなったのか。お父さんにメールもしなかったな。Facebookには書いたけど、見てくれたかな。

趣味が悪い、まだ闘病日記を開いている。亡くなる3日ほどに最後の日記が更新されているのを見つけた。演出家で台本や原稿にもたくさん触れてきたであろう彼がものすごい数の誤字を連発していて、少し動揺する。意識が朦朧としているのだろう。想像に絶する。

乾ききっている、と繰り返す彼が「生命とは潤いだったのかもしれない」と誤字なく記した。だった、か。私が潤いを求め続けることはつまりそういうことなのか、と合点がいった。

実家に帰って一度話をしたほうがいいな。誰かと一緒に暮らしたほうが生活は豊かになるのだろうか。金銭的にはどうか、心身的にはどうか。死のこととこれから生きていくためのこと。なぜか同時進行で考えている。

死といえば、花見の約束をした。この連想間違ってないよね。

今年は花見ができるだろうか。

2017/03/22

気持ちが悪い。吐き気がある。昨日もそれで帰宅しようと決めたのを思い出した。終電だったのもあるけど。

半日かけて作った勉強会のプレゼンに言うほど反応もなく、私はすっかり拍子抜けしてしまった。昼ごはん抜いてまで作ったのに。

もっとも、昼ごはんを食べないのは勝手だしもっと早くから作っておけばストレスにもならなかったのかもしれない。だとしたら自業自得なのか。ていうかプレゼンで言った「愛されていると思わない、他者の評価に期待しない」がそのまんまブーメランで返ってきた感じだな。つらい。

仕事も残っていたけれど、昨夜は結局テレビの録画を見て寝た。HDDの残量がなくドラマの最終回が録れていなかった。うおおおい。

気がついたらもう身支度の時間で、けど心身ともにスイッチが入らない。シャワーも諦め、最低限、顔と手足を洗ってだらだら身支度。正直、こういう日はたまにある。

シャワーを全身に浴びたときは感じないけれど、足だけ浴びるとすごく爽快感がある。軽くて、刺激的で、じんじんする。

前髪がうっとうしくて前髪を結ぶ。おでこが広い。あと基本的に顔がでかい。伊達メガネでもかければ紛れるかとも思ったものの、伊達メガネは心が強くないと乗りきれない。

心が弱い。

眠たい。渋谷に着くまで眠ろうかな。

2017/03/21

眠い。朝4時半まで喋っていたせいだ。それを選んだ自分が悪い。それを選んだから今日は元気にがんばれている。

睡眠時間を奪ってごめん、と思いつつ、それでも「お安いご用」と言ってくれることには感謝しかない。まじかよ。幸せ者だ。

おかげさまで、不安は変わらないけど、何とかなるという根拠のない自信がついた。自分で決めたんだ、スタートぐらい切ってみようじゃないか。

姪っ子への就職祝いを買った。不思議なもので、自分の買い物は縮小する一方でも他人への贈り物には気持ち良く金が出せる。予算は、と店員さんに言われて適当な金額を口走った。

プレゼントはキーケースにした。定期も入るやつ。私が就職するとき、後輩からもらったものを今も使っている。そこまでとことん深い付き合いだった後輩でもないのに、10年使っている。だから。

ひと仕事終えて、夜はダンスのワークショップ手伝い。手伝いといっても施錠と世間話。

久々に会う仲間と近況報告。彼女は私と入れ違いにうちの会社に帰ってくる。一人で生きていくノウハウと、共同生活のお誘い。ちょっと迷う。面白そうだ、なんて思ってしまった。