着地点は

落ち込んでいるときは、自分が世界一不幸で、この世の誰も経験したことのないつらさを味わっているような心持ちになる。けれど客観視してみると、世界にとっては日常茶飯事で、その日だけでも何千回何万回と繰り返されていることだったりするから、「そんなことで落ち込んでるんじゃないよ、みっともない」とも思う。

つらさは人と比べるものじゃない、日頃は人にそう言っていたけれど、本当にそうか?と今日は思っている。わざわざ比べなくても構わないけれど、やっぱりつらさには大小がある。こんなことで歩みを止めている場合ではないし、勝手に落ち込んだところで状況は何も変わらない。

しっかりしろ。今できることをやれ。逃げるんじゃない。

今できることは何だ。できることがあるならばやれ。やらずにクヨクヨするぐらいならやれ。やっても後悔しないことならば、遠慮なくどんどんやれ。やってしまえ。

できることはまだある。落ち込んだところでここは行き止まりではない。良くも悪くも、着地はまだ先なんだ。

西日の中

私たちは今、西日の中にいる。

夜遅くに仕事から帰ると、モモが目を覚まして脚にすり寄ってきた。モモはいつも私を出迎えて首筋をゴリゴリと私のすねにこすりつけてくる。けれど最近はそのパワーも弱い。

外に出たい、とカーテンに爪を立てる。早く帰った日は少し散歩も許してやったけど、さすがにてっぺん越えだ。夜だからもうだめだよ、明日にしよう、と人間の言葉でたしなめる。

22歳にしては一丁前にジャンプもするから、ソファでグーグー寝ることもざらだ。しかし今日はソファの背を踏み台にしてキッチンカウンターに飛び乗り、遅い夕食を作る私を覗き込んできた。調理台はさすがに危ない。いろいろな小物をなぎ倒す恐れがあるし、何より包丁も火も使っている。こんな所まで登ってくることは今まで一度もなかった。何してるのやめてよ、とモモを抱えて床に降ろす。

ふと、脚の付け根に肌色が見えた。よく見ると、そこだけ皮膚が剥がれて肉が剥き出しになっている。ヒィ、と思わず仰け反った。当のモモは傷口を過度にかばう様子もない。痛くないのだろうか。いやそんなはずは。いつから、なぜこんなことになっているのだろう。

私が少し目をそらすと、早々に眠った家主の部屋に向かって「オアオゥ」と大声で鳴き出した。こんな時間に叩き起こしてはかわいそうだ。1週間ほど家主が出張だった間は寂しがっているのかな、と様子を見ていたけれど、家主が帰ってからも止む気配はない。「オアオゥ」『モモちゃん!こっちおいで』のやり取りは夜中の3時頃まで続いた。

朝は朝で、6時前には例の「オアオゥ」が始まる。もちろん眠いけれど、庭の水やりも兼ねて相手をする。

私が朝食の支度でキッチンに立つと、またカウンターに登ってきた。調理台からシンクに降り、ボウルに溜まった水をペロペロ舐めている。傷口に気をつけながらモモを降ろすと、日に日に胴まわりが細くなっていることに気がつく。

インターネットによれば、徘徊や夜鳴き、異常行動はすべて痴呆の代表的な症状ということだった。そうか、22歳だもんな。

今だから、今のうちだから言うけれど、モモはもうじき死ぬ。痴呆だけでなく食も細っているし、年齢的にも間違いないだろう。これから私は生活を共にした生物の死にゆく過程を目の当たりにすることになる。葬式には幾度も立ち会ったけれど、死と伴走するのは初めてのことだ。

遅れて起きてきた家主も、モモの喚きようにはさすがに閉口した。「やっぱりおかしいねコイツ」昨夜の夕食に出したモモ用の刺身がすっかり残っている。「猫の熱中症なのかねえ、マグロが嫌ならモモの好きなカツオ買ってきてあげるよ」

そんなわけないじゃない。きっと家主も分かっている。認めたくないから、しらばっくれている。

老いや死から私たちは逃れることができない。絶対にだ。猛ダッシュで振り切ったように見えて、確実に近付いている。老いや死は、近くで見るとこんなにも恐ろしいものなのか。それを今、私たちはまじまじと見ている。

勘付いてないふりをして、私は逃げるように仕事場へと出掛けた。逃げられてなんかいないのに。本当はモモを病院に連れて行ってやりたかったが、それも叶わない。残り少ない夕暮れをどう過ごせばいいのか、この数日考えあぐねている。

10日目の風呂

「ねえねえ姉ちゃん、歳いくつ?」

シンプルに不愉快だった。年齢を言うこと自体に抵抗はないが、何の恩義もない輩に好き勝手消費されるほど安く歳を重ねたつもりもない。馬鹿なふりをして「え、何でですか?」と質問に質問で返した。

「ウチの会社でさあ、総務の採用募集出してんのよ」

仲間の一人が話を進めるべく口を開いた。なんだ、ウチで働かないかという話か。酒の肴に冷やかそうとしているものと思い込んでいた私は、そんな下衆な話もないものだと安堵し、疑ったことを少し申し訳なく思った。

「そしたらさあ、これ見てよこれ」

まくし立てるように、手元の履歴書をこちらに見せてきた。

「70歳の女の人が申し込んできたの。こんなのある?70歳の人の履歴書なんて俺見たことないよ。ねえ、ある?こんなのさあ!」

驚いた。世の下品に底があると思っていた私が愚かだった。地球には引力がある。努力なしに上には行けないが、何もせずとも下には無限に行けるようだった。

人生100年時代だというのにこいつは何を言っているのだろうか。70歳でもまだ30年残っている、70歳からのセカンドキャリアなんて有能以外の何者でもない。それなのにこいつらは期待はずれとばかりに呆れ返っている。ちょっかいを出せる若い女性が来ることを期待していたのだろうが70歳では何の娯楽にもならない、といったところか。何のための採用募集だ。百歩譲ってそんなになら年齢制限を設ければよかったのに、何も書かなかったのが悪い。っていうか応募者の個人情報なんて会社の機密情報じゃないのか。ずさんにも程がある。そもそも自分たちだって大概若くないくせに「明日は我が身」だと思わないのか。お前らも言われるんだぞ、同じことを。

同世代の母が言われているような気分にもなって、それも胸糞が悪かった。

まるで10日目の風呂を見ているようだった。濁ったぬるま湯、匂いを嗅ぐだけでこちらまで汚れそうだ。会社に骨を埋めてこうなることだけは避けなくてはと思いながら生きてきたけれど、本当にこうなってしまった輩は初めて見た。一周回って、すごい。

居酒屋で働いていると、頭のネジを緩めすぎて目も当てられない様になっている人間を時々見る。履歴書の女性がこの会社を落ちますように、と私は願った。これから働こうとしているあなたは、10日目の風呂で汚される必要なんか毛頭ない。

粋な香典返し

もうすぐお茶を飲み終える。

数年前に鬼籍に入られた方の香典返しに頂いたお茶だ。開けるのがもったいない気がして、頂いてから何年もそのままにしていたけれど、飲まないほうが不義理なのではないかと思い直し封を切った。

茶葉の形が分かるようなカチカチの真空パックに鋏を入れた瞬間、アルミの袋はふわっと柔らかくなった。同時に茶葉の新鮮な青い匂いがその場に立ちこめた。何年前の「新鮮」だろう、この「新鮮」が封じ込められたときはあの方もご存命だったのではないか。不思議な心持ちになる。

湯を沸かす。スプーン1杯の茶葉を急須に入れる。沸いた湯を湯呑みに注ぐ。本来ならその湯は捨てるのだけれど、暮らしの上ではもったいないから、それをそのまま急須に移す。5つ数えて、ゆっくりと湯呑みに茶を注ぐ。実家ではそんなことを教わりもしなかった。でもこうすると鼻の奥に香りが抜けるような芳しい緑茶が入る。とてもおいしい。それは、あの人が下さったお茶が上質なものだったからだろうか。学のない私には、茶葉の良し悪しまでは分からない。

もうすぐ茶筒が空く。茶葉を使い終えてしまう。茶葉が切れたら私は、粋を教えてくださった人懐っこい先輩を忘れてしまうだろうか。茶葉が切れたら私は、新しい茶葉を自分で選びに行こうと思う。茶葉のイロハを学んで、少しでも先輩の粋に近づこうと思う。

去年と今年と来年

積極的に応援しているわけではないけれど、バカリズムの年に一度の単独ライブにはほぼ毎年行っている。

お笑いなんて今やテレビでいくらでも観られるけれど、バカリズムライブは安くないチケットの争奪戦をしてでも選ぶ理由があるなあ、と実感する。何せ打率が完全に違う。大振りのスラッガーは他にもいるけれど、ホームラン以外ももれなくヒットで出塁する。点に繋がらない打席がない試合なんて、観たいに決まっている。

バカリズムライブは年に一度だから、その年ごとの違いがよく表れる。やたら悪態をつく年や、やたら下ネタに走る年も過去にはあった。仕事が忙しいのだろう、嫌なことがあったのだろう、と升野英知の一年がそのまま投影されているようで、その点も興味深い。

今年最後のネタは、死期迫る老人が病院で人生を振り返るというものだった。冴えない人生には早々に見切りをつけて徳を積むことに専念し、来世に賭けようと妄想を繰り広げる。いよいよ最期、という瞬間、来世で使いまくるつもりだった徳が思わぬ形で返ってきてしまう……というもの。

升野さんも40歳を過ぎて何か人生に思うところがあるのだろうか。コンビでネタをやっていた頃、期せずしてピンになり、フリップネタでブレイクした頃、テレビタレントとしてバラエティー番組に出始めた頃、脚本や小説に注目が集まった頃。升野さんも、それを見ていた私も、すっかり歳をとってしまった。毎年恒例のこのライブは定点観測の向きもあるのかもしれない。お互いにとって。

最後のセリフ「ここ!」はこのネタの天丼なのだけれど、とても愛らしいオチで、少し泣いた。笑いに来ているのに、泣かされたのはたぶん初めてだと思う。来年はどんなネタを見て、どんな気持ちで帰るだろうか。

母の日

「そのカード、書くのはちょっと、どうかな」

臓器提供カードが世に出回り始めた頃、茶の間で脳死提供欄にマルをつける私を見て母はそんなふうのことを言い、苦い顔をした。「もし何かあったときにさ、身体を切り刻まれるのはやっぱり家族としてはいい気持ちはしないよ。仮に死んでるんだとしてもさ」

その時の私は、もう見込みがなくてダメになるのなら、多少なりとも必要としている人の役に立つほうがいいんじゃない? と答え、んまあ、そうなんだけど、と母はそれ以上多くを語らなかった。そのシーンは今も何度か思い出す。思い出して、少し反省する。

「おもむろに手帳開いてさ、『延命治療はしないでください』自分の署名書いちゃってんの」

母の肉筆で書かれた署名を見せられた酒井さんの心情はいかばかりだっただろうか。母の日だからと、たまには団欒をと食事に招待し、舌鼓を打ち思い出話に花を咲かせ、こんな日も時々はいいな、と思う。思うけれど、親は遅かれ早かれ絶対にいなくなることを改めて気付かされる。忘れていた。いなくなるんだ。

親の立場になった平子さんは、子どもからのプレゼントはどんな立派な品よりも手紙が一番うれしいと語った。手書きの肩たたき券がいいなんて嘘だ、そんなもの要るはずがない。昔はそう思っていたけれど、今では考えただけで涙が出そうになると言っていた。どんなにクソダサいTシャツをもらっても、手紙とともに一生大事に着る、と。袖を切ったりアレンジをして。

今週の「アルコ&ピース D.C. GARAGE」(TBSラジオ)は本当に良い放送だった。今日も明日も仕事で実家には足を運べそうもない。何か通販で花でも贈ろうかと思っていたけれど、私は通販サイトを開く手を止めて職場近くの文具店ではがきとボールペンを買った。

今しがた、母に手紙を書いてポストに投函した。どうせ明日には届かないけれど、しようと思ったときにするのが何事も一番だ。明日は母の日。

いない朝

ひとしきり洗い物を済ませて朝食の味噌汁をいただいていると、ふと気がつけばモモがいない。

モモは我が家に住む黒猫だ。家族の記憶によれば逆算して22年間は生きているというが嘘か真か、毎日これといって不調も見せずピンピンしている。

庭の隅々を見ても、いつも寝ている部屋の定位置も見たけれど姿はない。昨夜外に出たがっているのを我慢させたから、「外に出る?」と声をかけて庭のガラス戸を開けてやったところ、いそいそとついてきて外に出て行った。どこへ行ったのか。

初めはちょっかいを出すたびに引っ掻かれていたけれど、半年も一緒に住むうち、今は同じベッドの上で寝るようになった。「モモちゃん」と言えば振り向き、「おいで」と言えばベッドに飛び乗ることができる。私が具合悪そうにしていると顔の近くで添い寝をし、寝息を立てた頃に自分はリビングのソファで寝る。人間の歳にして104歳、さすがよくできた猫である。

猫は人の元を離れ、誰にも姿を見せないで臨終を迎えるという。そんなの寂しすぎる、と思いつつ美学だな、とも思う。モモも高齢だからそんな日が遠からず来るのだろう、と思ってはいた。何せ毎日素振りも見せず飄々とホッケの開きを横取りしに来るやつだ、まるで実感がなかったけれど、そんな日は遅かれ早かれやってくる。モモのいない生活はどんなだろう。もっとしてやれることはなかっただろうか……。

そう思っていたら、庭のフェンスを不器用に登る黒い猫が見えた。なーんだ、まだ今夜も一緒に寝てくれるようだ。安心した。